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徳島地方裁判所 昭和40年(ワ)127号 判決 1967年7月28日

原告 藤川昌光

被告 国 外一名

代理人 上野国夫 外四名

主文

被告らは、各自、原告に対し、金一〇四万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年四月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担としその余を被告らの連帯負担とする。

事  実<省略>

理由

一、被告国が原告方前を通る国道徳島西条線(当時二級国道―現一般国道―一九二号線)を設置管理し、被告県がその管理の費用を負担しているものであることは、当事者間に争いがなく、(証拠省略)を総合すると、原告は、昭和三〇年頃から所轄保健所の許可を受けて肩書住所地で甘納豆の製造、卸売業を営んでいたものであることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

二、しかして、原告方前付近の本件道路北側の側溝が破損して水が停滞するようになつたので、被告国の機関(受任行政庁)として本件道路の管理をしている徳島県知事の下部機関である徳島土木事務所長において、昭和三七年八月四日から三日間にわたり、側溝一四メートルの長さの間に一本二メートルのヒユーム管七本を接続埋設するなどしてその補修工事をしたことは、当事者間に争いがなく、(証拠省略)を総合すると、右補修工事後、同年八月下旬から原告方の下水の排水に支障を来たし、原告方甘納豆製造場、炊事場、物置、居間等の土間一面に浸水して、雨天の日はもちろん平常でも各所に三センチメートル以上の水溜りを生じるようになり、甘納豆製造用のかまど内にも浸水してその使用ができなくなつた結果、原告は同年九月以降やむなく甘納豆の製造を中止し休業状態に入つたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

三、そこで、原告主張のように被告国において本件道路の管理に瑕疵があつたか否について判断する。

(一)  まず、本件道路北側の新旧の側溝および原告方下水の排水路の各構造とその位置関係をみるに、(証拠省略)によれば、原告方建物は道路沿い居間、中庭、炊事場、倉庫、甘納豆製造場と順次南北に並び、原告方下水排水路は右原告方各建物の東寄りの壁際を右製造場かまど下に端を発して北から南へ本件道路に向つて流れ、右倉庫付近では幅・深さともにほぼ約一〇センチメートルの無蓋の溝をなし、右炊事場付近から土間の下を潜る土管、煉瓦等による暗渠となり、原告方建物と本件道路沿い北側旧側溝(有蓋)との間の部分(約一メートル)は表面のコンクリート敷の下を幅約一八センチメートル、深さ約三五センチメートルの石造りの暗渠となり、これが旧側溝北側石垣壁のところに直角に接続して排水口となつていたこと(但し、この部分の暗渠はある程度泥土様のもので埋つていたものと推測される。)、本件側溝補修工事によつて、破損していた旧側溝を堀り起して同所にヒユーム管を埋設したうえ、側溝北端部にコンクリートを流し込んで表面を浅い雨水排水溝としたが、右ヒユーム管およびコンクリート壁が前記原告方排水口を閉塞して下水溝の流れを完全に遮断する結果になつたこと(以上の形状、位置関係は別紙図面のとおり)を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  ところで、本件のように、道路に沿つて設けられる側溝は一般に、道路上に溜る雨水等を排水し、道路の安全を期するとともに道路利用者その他道路沿いの住民の利便を図ることを目的とするものであつて、必ずしも各戸住民、企業者の下水の排水を直接の目的とするものでないことは、道路法第一条、第三〇条、道路構造令第二七条の法意に照らして是認し得るところであるが、しかし、新規に側溝を設置する場合であれば格別、本件のようにこれを修復する場合において、従来の側溝に、常軌を逸した位置、方法でなく、通常一般の方法で道路沿いの住民等の下水排水口が存在し、かつ、これが道路管理上不適当なものでないとして許容されていたものであれば、修復すべき側溝は、それ自体その設計、構造、排水能力において欠けるところがないとしても、従来と同様住民等の下水排水口を接続した構造のものであることが必要であると解すべく、(もつとも、工事施行者において他に下水処理の適切な方法を講じた場合は別である。)、周囲の環境や通常の用法に照らし、その側溝が従来のものと相違してそれと同様の用途と効用を果さない構造、形態のものである場合は、その意味で完全性、安全性を欠くものと認むべきであり、このような営造物の維持、修繕における不完全はすなわち営造物の管理上の瑕疵であると解するのが相当である。

なるほど、(証拠省略)によれば、原告方下水の排水口が泥土や沈澱物もなく完全な形で側溝壁に現出していたかどうかは疑問である(排水口が明らかにそのように現出していたと述べる部分の(証拠省略)の結果は右証拠に照らしにわかに措信できない。)うえ、(証拠省略)によつて明らかなように、本件側溝の補修工事は交通の妨害を避けるため夜間に限つて実施され、かつ、工事の妨げにならないよう工事中原告方下水の排出を中止していた事実からすると、工事施行者において原告方下水の排水口を発見することは必ずしも簡易明白であつたとはいえないとしても、(証拠省略)によつて認め得るように、本件側溝には隣家の由良猪鷹方下水の排水口もあり、その他原告方の建物と道路の状況等周囲の状況に照しても、原告方下水の排水口は常識的に考えられる通常の位置、形態のものであることを認めることができ、それが全く予想もできない位置、方法におけるものであつたと断定することは到底できない。また、もちろん、それが道路管理上不適当なものであつたとも認め得ない。

そして、営造物の設置、管理上の瑕疵は客観的にそれが存在すれば足り、設置、管理者その他の工事関係者に故意過失があつたかどうかは問わないところであるから、これを争うがごとく、工事担当者に対し原告方からその下水溝の存在することについてなんら申出もなく、また、右担当者においてその存在を認識し得なかつたという被告らの主張は当を得ないものである。

(三)  本件側溝が道路法第三〇条第一項第七号の排水施設として右道路法で定める道路の一部を構成するものであることは明らかであり、以上説示したとおり、本件側溝に原告方下水の排水口を設けず、これを閉塞した点で、道路法所定の国道(当時二級国道)である本件道路の管理に瑕疵があると認めることができる。したがつて、被告国は国家賠償法第二条にいわゆる公の営造物の管理者として、被告県は同法第三条にいわゆるその管理の費用負担者として、各自右閉塞に原因する下水の浸水によつて原告の被むつた損害を賠償する責任があるというべきである。

四、そこで、進んで損害の点について検討する。

(一)  得べかりし利益の喪失について。

原告は、すでに認定したとおり、浸水のため昭和三七年九月以降甘納豆の製造を中止し、休業のやむなきに至つたが、(証拠省略)によれば、浸水湛水による営業不能の状態は、昭和三九年四月初旬に徳島土木事務所が排水口の閉塞を除去疎通させるまで、約一九ヶ月間継続したことが認められる。しかして、(証拠省略)によれば、原告は右のように休業を続けるうち、昭和三九年三月二日以降富士フアニチヤー株式会社に勤務した事実を認めることができる(右認定に反する証拠はない。)から、原告は右三月以降従来の甘納豆の製造、卸売業を継続する意思を放棄したものと認むべく、したがつて原告が右営業不能によつて得べかりし利益を喪失したのは、昭和三七年九月以降昭和三九年二月までの合計一八ヶ月の期間に限ると認めるのが相当であり、右期間の逸失利益による損害は本件道路の管理上の瑕疵と相当因果関係のある通常の損害であると解せられる。

そこで、損害額について考察するに、(証拠省略)によれば、原告は、甘納豆の製造、卸売業を営んでいた最近数年間において、年間少くとも金四二〇万円の売上げがあり、その利益率は一割五分程度で、結局少くとも年間金六三万円、一ヶ月平均五万二、五〇〇円の利益を得ていたことが認められる。もつとも、この点に関する原告本人の供述は、他の適当な証拠方法と思料される原告の営業関係の帳簿、原料の購入先・製品の販売関係の書証および人証等による十分な裏付がないことから、その真憑性につき一応の疑義なしとしないけれども、(証拠省略)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、訴外小山松喜は、原告から年間金三〇〇万円相当の甘納豆を買受けていたこと、(したがつて、原告は、同訴外人との取引だけで年間金四五万円、月平均三万七、五〇〇円の利益を得ていたことになる。)同訴外人は原告の大口得意先であつたが、原告は、同訴外人以外にも、高知県東部地方や大阪・淡路島方面へも甘納豆を販売していたこと、原告は、甘納豆の卸売のため数人の使用人を雇入れ、かつ、軽自動車も所有する等、かなりの程度に事業をしていたこと、原告は、妻と三人の子供および老父を扶養し、家賃月一万円で現住居を賃借して、経済的には借財もせず、比較的余裕のある生活をしていたこと等の事実を認めることができるので、右各事実に照らせば、前記営業利益に関する原告本人の供述は、右供述によつて明らかな事業税等不納の事実を考慮に入れても、そのまま措信できるものと考える。しかして、(証拠省略)には、原告がその営業によつて右以上に一ヶ月平均八、九万円の利益を得ていた旨の供述部分があるが、右供述は、裏付に乏しく措信することができない。

したがつて、原告の得べかりし利益の喪失は、一ヶ月金五万二、五〇〇円で、その一八ヶ月分合計金九四万五、〇〇〇円であると認定する。(一ヶ月平均値で算定することは、昭和三八年一月から同年末までの分については不合理はないし、昭和三七年九月から同年末までの分および昭和三九年一、二月分についても、原告本人尋問の結果によれば、甘納豆の製造販売高は、年間を通じ六、七月が最も少なく、三、四、五月が最も多く、八月から一二月へかけて多くなり、一、二月は普通であつたことが認められるから、別段の不合理はないと考えられる。)

(二)  水道設備改善費について。

(証拠省略)によりその成立を認めることができる(証拠省略)を総合すると、前記認定の浸水により原告方の井戸水が汚損しこれを利用することが不可能となつたため原告は、やむを得ず鉄管打込等水道設備の改善をし、その費用として昭和三七年九月七日金七万円を支弁したことが認められこれに反する証拠はない。しかして、原告のこの支出は浸水がなければ必要のなかつたものであるから、前同様通常の損害であると解すべきである。

(三)  甘納豆製造設備の損耗について。

原告は、甘納豆製造を中止し、休業のやむなきに至つた結果別紙(一)記載の製造設備が不要に帰して無価値となつたので、その休業当時の残存価値一〇万円が損害である旨主張するが、右設備の存在を一応肯認し得るにしても、本件道路の瑕疵によつて、右設備が滅失毀損したわけではなく、それ自体は残存しているのであるから、無価値になつたとはいえないし、また、原告は、別に得べかりし利益の喪失の損害賠償を求めているところ、その利益は右設備の存在を前提とし、これを利用した結果得られる性質のものであるから、時の経過により価値が減損したとしても、それは右逸失利益の損害賠償に包含されるものと解すべきである。したがつて、他に格別の主張立証のない本件においては、これを別個独立の損害とみることはできない。

(四)  転業設備費について。

(証拠省略)によれば別紙(二)記載の転業設備の存在をほぼ認め得るが、原告主張のようにその残存価値が金一九万二、〇〇〇円を下らないことを認めるに足る証拠はない。(かえつて、(証拠省略)の結果によれば、原告は右設備を数ヶ月間利用し、なおその間いくばくかのせんべい販売による利益を得ておることが認められ、かつ、右設備を代金一四万円で売却したことは原告の自認するところであるから、特段の立証のない以上、右金額をその残存価値と認むべきである。)したがつて、この点に関する原告の損害の主張は排斥を免れない。

(五)  畳床板等修復費について。

(証拠省略)によつてその成立を認めることができる(証拠省略)を総合すると、前記認定の浸水、これに件なう甚しい湿気により原告方の畳が腐朽して使用不能となつたため、原告は、やむを得ず昭和三九年四月二五日畳二〇枚を購入し、その代金三万円を支出したことが認められ、この認定に反する証拠はない。しかして、原告は右同額の損害を被むつたものと認むべく、前同様通常の損害としてその賠償を求め得べきものである。なお、原告は、右のほか床板、根太等の修復費として金四、〇〇〇円を支出した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

五、以上の次第であるから、原告は被告ら各自に対し前項(一)の損害金九四万五、〇〇〇円、同(二)の損害金七万円、同(五)の損害金三万円の合計金一〇四万五、〇〇〇円およびこれに対する右各損害発生の後である昭和四〇年四月二三日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がありその限度で原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 深田源次 原田三郎 山脇正道)

別紙(一)、(二)原告方図面省略

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